「ダメだ!」



山南さんが、大坂散策の件を話し始めるなり、土方さんは間髪入れずにダメ出しをした。
これじゃあ取り付くシマもない……


「でも、初めて大坂に来た隊士も多いから、少しでも土地鑑を持った方が、後の隊務も効率がいいんじゃないかな?」
「それは心配ねぇ。町の地図は作っておいた。見回りの時には、それを使えばいい。」
流石の山南さんも、苦笑している。


「だいたい、総長のあんたが、隊士を弛ませるような事をしてどうする。」
そこへ慌てて沖田くんが割って入る。
「散策の話は僕が言い出したんです。」
「観光に来てるんじゃねぇんだぞ。」
「それは…先程山南さんにも言われましたよ。」
土方さんが睨むと、沖田くんは肩を竦めてため息をついた。



「あの…………」
気まずい雰囲気を何とかしたくて、私は恐る恐る口を開いた。
「何だ?」
土方さんの厳しい視線は、こちらに注がれる。
まるで、今お前には用はないと言われているみたい。




「散策を兼ねながら、見回りをしたらどうでしょう?」



「はぁ!?」



土方さんの目が一瞬見開いたかと思うと、その後宿中に怒鳴り声が響いた。
「遊び気分で見回りが務まるか!」
「ごっ……ごめんなさいっ!!」
ダメもとで、とは思ったけど、もしかして私…火に油を注いだのかな?



「とにかく、今から全隊士で手分けして、見回りに出てもらうから、散策の話は忘れろ!」
「ちぇ〜っ。土方さんは連れないなぁ〜。」
「総司……お前やる気あるのか?」
「嫌だなぁ〜。もちろん、ありますよ。」
「じゃあ今すぐ幹部のヤツらを集めてこい。」
「はぁ〜い。」
沖田くんは、残念そうに息を吐くと、踵を返して幹部隊士を呼びに部屋へと向かった。



程なく幹部が集まってきた。
「では、これから班分けを発表する。一班は…平助!お前が率いてくれ。」
「了解!」
素早く指示を飛ばす土方さん。
次々と班が振り分けられていく。



その時だった。


ガターン!



激しい音と供に聞こえてきたのは、芹沢さんの罵声だった。
「胸糞が悪い!お前ら外へ出るぞっ!!」
間もなく、仲間の隊士と酒の匂いを引き連れ、芹沢さんが現れた。
新入隊士は、先程の物音と罵声に、恐れ戦いている。


「芹沢さん……あんた、また飲んでるのか…」
呆れ顔で芹沢さんを見つめる土方さん。

「飲んで何が悪い!」
今にも掴みかかりそうな勢いで、土方さんに迫っていく芹沢さん。
まさに一色即発って感じがする。
このただならぬ雰囲気は、どうすればいいんだろう?


私がオロオロしていると、ちょうどこちらを見た芹沢さんと目が合ってしまった。
げっ……まずい…!




「お前、先程面白い事を口にしていたな。」
「………は?」
「散策を兼ねながら、見回りをしたら…と言っていただろう。」



芹沢さんは、ニヤリと口の端を上げると、鉄扇を扇いで声を張り上げた。




「これから不逞浪士の取締りがてら、舟涼みにでかける!」




「はぁっ!?」
そこに集っていた誰もが、顔を見合わせた。


「ちょっと待ってくれ芹沢さん、俺達はこれから…」
土方さんの言葉を、芹沢さんは遮る。
「だから不逞浪士も取り締まるって、言ってんだろうが!」
そして、隊士を見回す。
「同行者は…そうだな。沖田、山南、斎藤、原田、島田、平間、野口……それから!ついて来い!」




えっ……!?わっ……私も!?




「何だかとんでもない事になってしまったね。行くのが嫌なら、私から芹沢さんに頼んであげるよ?」
驚いている私を、山南さんが心配してくれた。
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」
芹沢さんと同行するってのが、ちょっと怖いけど、でも舟涼みには興味があるし。
一人でここで、山南さんの帰りを待っていても面白くない。


「全く…勝手な事をしてくれるぜ。班を編成しなおさなきゃならねぇな…」
土方さんは、眉を顰めて新たな案を練り始めていた。


この後、とんでもない目に合う事など、知る由もなかった私は、浮かれ気分で京屋を後にした。






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